私が卒業生に日本の古典書をプレゼントする理由
TGセミナーには、創立以来26年間つちかってきた伝統のようなものがいろいろとありますが、その一つが「海外大学に合格してMBA留学が決まったら、日本の古典書を一冊プレゼントすること」というのがあります(5冊の中から選んでもらう。「風姿花伝・花鏡」もその一冊)。
それは、これまでの英語三昧だった毎日からちょっと離れてほしいというのと、これから日本を代表して海外大学に行くのだから、そのような代表者として日本についてしっかり勉強したうえで行ってほしい、という気持ちからです。
そしてこのならわしには、まだちょっと続きがあって、「プレゼントした本は留学先にもっていき、大学卒業後、帰国前に、現地に置いていってほしい(だれかにあげても、古本屋に売っても構いません)」と伝えています。
そうすることで、また誰かが、その本に宿っているいわば「言霊」を引き継いでくれ、それはいずれ世界をめくる、と考えているのです。
これには実は、ちょっとした趣味的なギミックがさらにあって、プレゼントする本のすべてに、そのどこかにTGセミナーのプレゼントだと分かる秘密の印をつけています。TGセミナーのファウンダーである私は、いつの日か、例えばふらっと立ち寄った古書店の本の中から、その印のついた本を見つけることを、密かな楽しみにしているのです(What goes around comes around.)。
能を大成した世阿弥が奥義として書き記した「離見の見」とは?
「離見の見」は、今から約 600年前の室町時代に能を大成した世阿弥が、その著書 「花鏡」のなかで能の奥義の一つとして書き記している言葉。 これは、役者が能を舞っている最中には、舞っている自分 を離れた所から冷静に見る別の自分が必要であり、能舞台全体を一望 するような視点を持つことが重要だという意味で、この「離見の見」の態度を持つことが、物事の真実を見抜くための重要な条件の一つとされています。
「風姿花伝」を始めとする世阿弥の著作の多くは、演劇や芸術についての考えが述べられたものですが、世阿弥は、「観世座」という劇団の、今風に言えばオーナー兼プロデューサーでもあり、劇団の存続のためにはどうしたらいいかを考え、書き記していった結果といってもよいでしょう。
それは役者の修行方法から始まり、いかにライバル劇団に勝ち、観客の興味をひくにはどうすべきかなど、後継者に託す具体的なアドバイスを記したものが、彼の伝書です。芸術のための芸術論というよりは、いわば、生存競争の厳しい芸能社会を勝ち抜くためのビジネス(あるいは人生)戦略書、世阿弥の言葉は、競争社会を生きるビジネスパーソンへの提言とも読めるのです。
「離見の見」もそういったアドバイスの一つで、「着眼大局、着手小局」の”Keep your Eyes on the stars, and your feet on the ground”にもちょっと通じるところがあるけれども、「着眼大局、着手小局」はあくまで自分を軸にしての視点、「離見の見」は、視点の軸自体が自分から離れます。「神の視点」というか。。。。キャリアデザイン、MBA留学、留学準備においても大切にしたい言葉です。